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行政目線をぶっ壊す。 “本気”の子ども支援策で明石から日本を変える(前編)

明石焼きや蛸、明石海峡大橋などで知られる兵庫県明石市。しかしここ数年は「すごい市長がいる」「アカシノミクス」とその名をとどろかせている。名ばかりでなく「こどもを核としたまちづくり」をテーマに掲げ、その内容は養育費等の合意書の配布、児童扶養手当の分割支給、里親100%プロジェクト、こども食堂を全小学校区に配置など各地のモデルになる取り組みにどこよりも早く着手している。

子どもと障がい者に特化したまちづくりで人口は6年連続増加、出生率も上がり、養育費の支払いも全国平均と比べて高い。シングルファミリーの明るい未来は、このような市政の中にあるのではないか。

芸人顔負けのマシンガントークにフレンドリーな人柄、そんな兵庫県 明石市長 泉 房穂氏に話を伺った。(取材・文/浦邊 真理子)


【明石市長 泉 房穂氏】

 

子どもに対して冷たい日本
ずっと憤りと不安を感じていた

 

―子どもを中心にしたまちづくりを始められたきっかけを聞かせてください。

泉市長 自分自身の生い立ちや、実弟に障がいがあり、当事者目線で今の社会が必ずしも100%良い社会ではないという思いで子ども時代を過ごしてきました。社会に対して、そのまま受け入れるものではなく、もっと居心地のいい、やさしい社会に変えていくべきものだという考えがベースにあります。

このような実体験がベースとなっていますが、大きな影響を及ぼしたのは自分自身の大学生時代です。大学は経済系の学部に入学しましたが、いじめの問題が社会問題になっている頃、教育学部に転部し、教育哲学を学びました。その頃からいかに日本が、子どもや家族に対して冷たい国なのかを目の当たりにし、強い憤りや不安を抱いていました。

 

子どもは「まちの宝、未来」

 

―どのような憤りがありましたか?

泉市長 昔の日本というのは、農業や漁業が中心で村社会ですから、良い意味でも悪い意味でも地域全体で大家族のようにみんなで支え合うという面がありました。問題を抱えていても、村でリスクを共有できた時代があったと思います。でも、そういった時代は終わってしまい、日本社会もヨーロッパや欧米並みに核家族化になってくると、かつてのように大家族で支え合うことはなくなりました。

そうなるとどこにしわ寄せがいくかというと、1番は子どもです。特にひとり親家庭の子ども、貧しい家庭の子どもは犠牲になり、子どもが疲弊していっていると感じていました。簡単に言うと、子どもは親の持ちものだからと親に責任を押しつけることなく、まちの宝だからみんなで支え、その子どもが将来まちを支えるのが「まちの未来」だと。この宝を、しっかりと社会全体で支えていくような仕組みが必要だと30年ほど前から強く思っていました。

―30年も思い続けて、明石市で形にされたのですね。

泉市長 その後、20年ほど前に弁護士になり活動を始め、手がける案件の1つに離婚問題がありました。父親、母親からの依頼で離婚したい、したくない…など、弁護士業をするなかで愕然とする出来事がたくさんありました。子どもが泣いている。または、泣きたいんだけど、泣けずにいる。誰も子どもの意見を聞こうとしていない。本当に愕然としたことを覚えています。

私はもともと教育や社会学系統の観点を持ち、NHKのディレクターとしてマスコミにいた経験からも、弁護士に多い法学部出身で法律的な観点というよりは、まさに「現場」を見てその問題の根深さを感じていました。

どうしてこんなに子どもに冷たいのだろう。離婚時、子どもが泣いているのに、どうして誰も何もしないのだろうと思ったものです。一弁護士でありながら、離婚のときにはできる限り子どもの話を聞き、子どもと一緒にいる時間を持ち、子どもと会話をするようにしていました。しかしながら、しょせん弁護士なので、大抵は「子どもは関係ありません」と言われ、ときには子どもから「どうして弁護士さんは、離婚させようとするの?私はお父さんもお母さんも好きなのに」と言われ心が痛みました。

調べてみると、実はこういうことをしているのは日本くらいでした。他国では両親が離婚する際、小さな子どもがいるときには、裁判所か行政のいずれかが基本的には子どもの立場に立ち、離婚した後の生活は安定的か、問題がないか、離婚後もちゃんと両親に会えるかということを確認したうえで離婚に至ることが普通です。日本のように、紙切れ1枚の離婚届を出すだけで離婚できてしまう国は非常にイレギュラーであることを知りました。

そして日本社会全体が何か大きな勘違いをしているのではないかと思ったのが、弁護士活動を始めた20年ほど前になります。

―日本では子どもの権利が無視されていますね。

泉市長 その後、15年前の2003年に国会議員になりました。国会議員選挙に出て欲しいとの要望を頂いた時に、離婚時の子どものこと、犯罪被害者のことなど、2つ3つの課題を出して、その問題を扱えることを条件に立候補しました。国会議員になり、離婚時の子どもの養育費や、面接交渉(最近では面会交流と言う。当時は面接交渉と言われていた)のテーマについて国会で質問しても、その当時は誰も聞いてくれませんでしたね。

その頃に国会議員として私が提案したことのひとつに、離婚届の「カーボンコピー2枚」があります。カーボンコピーを置いて、そこに養育費や面会交流のことを書く欄を作り、その一番上の紙を役所が受け取り、下の写しを両親に1枚ずつ渡すという提案です。つまり、養育費や面会交流のことも、自動的に離婚届と一緒にできるようにしたらどうかという提案です。しかしながら、周囲は冷たい反応でした。

―そのアイデアが、今の明石市の離婚時の養育費の取り決めの書類ですね。全国的にも広がっています。

泉市長 そうです。私はもともと国会議員志向ではなくて、首長(くびちょう)志向ですので、自分のふるさとの市長になろうと早い段階で思っていました。そして、いずれ市長になれたら、ちゃんとそういったことを始めたいと決めていました。

起因としては思いつきではなく、弁護士になった頃からリアリティのある形で養育費や面会交流のことを、ちゃんと社会が、もしくは行政か裁判所がやるべきだという20年来の思いをやっと具体化し始めたという感じです。

 

虐待の背景に「子どもは親の持ちもの」という価値判断が社会全体に根付いている

 

―親は唯一子どもを守る、支援する最後の砦のはずなのに、虐待死などの非常に悲しいニュースが続いています。明石市は中核市として3例目の児童相談所を来春設置し、人員配置数も国基準を大きく上回っていると伺っています。

泉市長 今年3月、東京都目黒区で虐待死をした船戸結愛ちゃんの痛々しい事件をきっかけに、児童相談所の設置を決めたのではありません。弁護士時代にも、虐待死事件の弁護の依頼がありました。被害者の子どもは無残な姿で亡くなり、非常にいたましい事件でした。

弁護士として、事情や様々な経緯を確認していくと、近所の方は早い段階から「近所中に響き渡るほどの悲鳴が聞こえている状況が続いていた」と口を揃えて言っていました。しかし誰も何もしなかったということを聞く中で、改めて救えた命ではなかったのかという思いを強く感じたのです。本当は誰かが気づき、介入できていれば良かったと強く思いましたね。

その後、強い問題意識を持ちながら、そういった悲しい子どもの案件について、弁護士活動の依頼に関係なく関わるようにしてきました。関わりの中で、子どもが生死に影響するような状態でも放置されている、なんて冷たい社会なのだとびっくりする出来事が多々ありました。

このような経験から、自分の手で子どもの虐待を防ぐような仕組みを作りたいと弁護士時代から思ってきました。私は市長になる前から、市長になった暁にはちゃんと子どもに寄り添えるような児童相談所を作りたいと思っていたのです。

本当に子どもがたくさん亡くなっているのを、なぜ世の中はこれほど放置し続けるのか。私の見解は、「子どもは親の持ちもの」という大変珍しい価値判断が日本社会に根付いていて、それを転換することができていないからだと考えています。

だから、今回の結愛ちゃんの事件でも児童相談所の職員が親に会いに行って、子どもに会わないと意味がないのに、親に会っただけで帰ってきてしまう。子どもは気持ちも心もある別人格の生きものであるという認識が欠けていているのです。子どもは親のハンドバッグのような、親の持ちものになっているという考えに慣れ親しみ、疑問を抱いていない。つまり、「そういった親の子なのだから仕方がない」という意識がまだ強いのです。

その意識があるので結局、里親の虐待にもつながっていきます。虐待を受けた子どもが里親のところにいきます。でもいくら里親といっても心が傷ついている子どもを預かるわけですから、抵抗されたり拒絶されたりして大変です。またそこで里親による虐待が起こってしまいます。虐待が起こった当該家族の場合でも、里親家庭の場合でも、あくまでその家庭任せなのが問題です。そこの家単位で「自己責任、自分たちで解決しなさい」というところが虐待を招いてしまっている背景だと思います。

地域や社会全体で支えていく。もし、その家族が生活困窮であれば早い段階で生活を支える。障がいのある子どもであれば障がいのある子どもに向き合う。里親についても、里親に任せたから放置するのではなくて、里親家庭自体をフォローしていけば、虐待は減ってくると思います。

つまり、虐待の背景というのは、子どもを親の持ちもの、ないしは里親の持ちもの、だから自己責任、家族責任と押しつけるところに大きな原因がある。そうではなく、子どもはすべてまちの子、明石の子どもは全部自分の子と一緒だと私は思っています。完全に一緒とまでは言いきれませんが、それに近い気持ちを持っています。

子どもはすべて自分の子というくらいの気持ちで、まちのみんなが接していけば、それが過度な負担ではなくてもリスクを分け合うことができますよね。また、そのような社会を作っていったほうが社会全体にとってもハッピーだし、子どもの環境も今より良くなっていくと思います。

弁護士時代の悔しい経験はたくさんあります。いかに行政が保身のために動かない理由をつくり、リスクを負わないようにしているかということに対して、大変悲しく思いました。ただ、これは個人が悪いわけではなくシステムの問題なのです。職員には志ある方もたくさんいる。

子どもに対して、行政の責任として社会全体で見ていく仕組みとなれば、行政の中で心ある人が適正な役に就き、一定期間専門性を上げていきながら支援していくのが当たり前となります。そのために行政は税金を預かっているのであり、それが本来のあるべき役割だという風潮になれば、何も難しいことではないと思います。明石市なりにできることを始めて、広げていっている最中なのです。

 

里親委託率100%を目指す

 

―里親制度についてもここまで取り組んでいる市はないと思います。実際に受け入れ数は増えているのですか。

泉市長 里親制度の前提として、里親の委託権限というのは児童相談所にあります。明石市の場合は児童相談所の開設が来年4月なので、厳密には明石市そのものが里親委託できる権限はまだない。それにも関わらず、既に本年度で13家族が里親として受け入れ表明をしてくださいました。大体人口30万人の市であれば、1年間で1人から3人いれば良いほうです。だからこの数はびっくりされます。逆に明石の場合、年間に里親を必要とする子どもの数から、年間に5人くらいの里親が増えていけば100%になります。日本では里親委託率はまだ10何%しかありませんが、明石市では100%になると思います。

―それは凄いですね。

泉市長 別に難しいことではありません。この問題で改めて思ったのは、できないわけではなく何もやっていなかっただけです。

宗教が違うという理由で、日本社会ではヨーロッパのように里親が広まらないと言われていますが、それは間違いです。韓国でも5割近くになっていますし、オーストラリア、アメリカ、ヨーロッパでは7割を超えています。ほとんどの先進国は7割~9割の里親委託率です。

ところが日本は10数%です。これはなぜかというと何もしていないだけです。その担当を都道府県にしているのがそもそもの問題です。都道府県は中間管理職ですから、市民に向き合う自治体ではありません。都道府県が里親を増やせるわけがないのです。里親制度は市民に近い市町村が任務として責任を持ち、里親になりたい人に対してアドバイスやフォローができれば受け入れ数は増えます。

里親をしっかりと確保できるだけの予算配置と人の配置は、セットでないとできませんし、仕組みも入れ替えないといけないと思います。しかしながら、ある程度の制度変更と予算措置と人の配置によって、日本社会も遠く待たずして、国が目指すところの里親委託率75%の指針目標は達成可能だと思います。

 

続きはこちら↓
行政目線をぶっ壊す。 “本気”の子ども支援策で明石から日本を変える(中編)
行政目線をぶっ壊す。 “本気”の子ども支援策で明石から日本を変える(後編)

 

 Profile

泉 房穂(いずみ ふさほ)さん
兵庫県 明石市長

1963年、兵庫県明石市生まれ。東京大学教育学部卒業後、NHK、議員秘書などを経て司法試験に合格、弁護士として働く。2003年~2005年まで衆議院議員を務める。2011年より現職

泉 房穂ホームページ
http://www.izumi-fusaho.com