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シングルマザーが「すこし助けてほしい」と言える環境を作りたい【前編】

賃貸トラブル専門の司法書士として尽力されながら、著書「2000人の大家さんを救った司法書士が教える賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド」も大好評、コラムや寄稿、講演会と大活躍中の太田垣章子先生。

でもその根底にはシングルマザーとして様々な思いをし、法律家として様々な現場を見てきたうえで、自分の役目を全うし、世に恩返したいという気持ちがあるとのこと。
今回はシングルマザーとしての体験、法の専門家としてのお話を伺いました。前編・後編でお届けします。

世間知らずのお嬢様から一転。
0歳児を抱えてのシングルマザー生活スタート!

 

──太田垣先生がシングルマザーになった当時のことを教えてください。

太田垣先生 関西のいわゆるお嬢様学校を卒業し、プロ野球の球団のオリックス・ブルーウェーブに入って球団広報誌を担当、3年半球団に勤めて、両親の勧めでお見合いし結婚、専業主婦になりました。
病院の若奥様になり、子どもを産んで、半年ぐらいで「あれ…おかしい離婚かな」と生後半年の子どもを連れて一旦実家に戻りました。

──元々、司法書士ではなかったのですね。

太田垣先生 はい。結婚前の仕事も球団広報誌を作っていたので、事務職の経験はなく、子どもを育てながらといっても生後半年だったので、これから子どもを保育所に入れながら二人で生きていくのは大変すぎるなと思いました。

ではどうしたら育てていけるのかなと現実的に考えても、私は専業主婦の期間が長く、特に良い大学を出ているわけでもなく、すぐに仕事が見つかると思えない、保育所に入れたら残業もできない…。
当時は現在と違い、専業主婦が主流で母子家庭が今のように多くもなく、世間体も厳しかったのです。「何か資格でもないと難しいな」と、離婚でお世話になった弁護士が女性の先生だったので相談しました。

資格だけで食べていける士業って何かなと考えてみたものの、弁護士、司法書士、公認会計士、税理士と並べてみて数字が嫌だから公認会計士、税理士を外して。
弁護士は無理だから司法書士と知識もなく決め、どういう仕事をするとか、どれ程の難易度とか、どんな試験範囲かも全然知らないまま、予備校にそのまま駆け込んだんです(笑)。

──何歳のときですか。

太田垣先生 30歳でした。働きながら6年間、年に試験は1回しかないので、36歳でようやく合格しました。その間、実家にいればすごく裕福に暮らせたと思うんですけど、姉も医者に嫁いでいましたし、針のムシロで(笑)。離婚をして一族のタブーを犯したんだったら自由を手に入れたいなと思って、母子で暮らしました。
―実家にいたのは最初の半年だけで、あとは自らの力で生活をスタートしたのですね。
生まれて初めての貧乏生活をしました。お給料をもらって家賃払って受験のお金を払ったら、手元に3万円しか残らなくて。1万円が光熱費、1万円が食費、1万円が雑費。クーラーもない、仮にあったとしても電気代払えないからつけられない状態でした。

──お嬢様としてずっと生きてきても極貧生活ができたのですね。

太田垣先生 私は父親が42歳のときの子というのもあり、すごく裕福に育ちました。小さいときからお金の意識をしたこともなく、私立に入れてもらって「はい、これ身に付けなさい」と高価な貴金属を与えられ、運転免許を取ったらすぐ新車が家に届くといった生活を過ごしていました。そんな流れのままお見合いで結婚して、一戸建てに住み、車が2台あってという感じだったので、初めて自分で苦労して生きているという感覚を持ちました。

──その当時は、モチベーションは大丈夫だったのでしょうか。

太田垣先生 そうですね。ただ、6年間は長く、勉強してもしても試験に受からず、何度も心が折れそうになりました。でもやはり、子どもがいたから頑張れたと思います。親にお願いしますではなくて、自分で生きていきたい。子どもと生きていきたいっていう。それで、頑張らざるを得なかった。

──一番大変だったことは、やはり金銭的な問題ですか。

太田垣先生 金銭面もそうだし、あとは仕事をしているときに、子どもが病気になった時はつらかったですね。ある仕事で、不動産の取引の決済で銀行に入るというときに、子どもの小学校から電話が掛かってきたんですよ。
40度ぐらい熱があるからすぐに迎えに来てと。すぐにと言ったって今から決済をして、書類を作成して法務局に申請する…、少なくともあと3時間はかかってしまう。「今すぐはちょっと無理です」って答えるしかなかった。今でも忘れられませんが、学校の先生に「それでもあなたお母さんですか」と言われちゃって。

母親だけど仕方ないじゃんって心が折れそうになりましたよ。でも、学校としてもやっぱり40度の子どもを預かっていられないと言われて。じゃあ、どうしたらいいんですか。迎えに行けないし、仕事のお客さんも待ってるし、まだ1時間前に言ってくれたら何とかできたかもしれないけど、どうしようもないです。
じゃあ、どうしたらいいんですかって聞いても、「なにがなんでも迎えに来てください。あなた、お母さんなんだから」って言われて…。

じゃあ、分かりましたと。「一切責任は問いませんので、子どもに一人で家に帰ってって言ってください」と言いました。
私は迎えに行けない、学校は預かれない、じゃあ、戻すしかないじゃないですか。学校から家まで5分ぐらいでした。そのあいだにもし野垂れ死んでも、一切、学校に対して責任を追及することはしないので、もう帰らせてくださいって言ったんですよ。
さすがに保健の先生が「分かりました。できるだけ早く来てください」となりました。そして何千万という不動産の取引に戻り、手続きをこなしましたが辛かった…。

──聞いているだけで、泣きそうです。

太田垣先生 それこそ、自分で帰らせてくださいって言ってたから、たぶん5年生ぐらいだったと思います。それでも親としたら断腸の思いですよね。もう10何年前の話ですけど、本当に辛かったです。

「一人で生きていくのは無理」と認める
周りを巻き込むしかない

 

──仕事と育児の両立はどうしていましたか。

太田垣先生 まず、家と仕事場と子供の学校を徒歩10分圏内にしました。
例えば、参観日でも「来たよ」と言って手を振って、アピールだけして帰る。子どもも来てくれたってことで安心する。
そのためには徒歩10分圏内じゃないと絶対無理なんですよね。

また、親をあまり頼れなかったので、近所の人に手伝ってもらいました。
近所の人に助けてオーラをいっぱい出して、その代わり土曜日、日曜日は同級生の子を預かってあげたり。

例えば、子どもたちは家に遊びに行きたくても、週末はお父さんが家で寝ていると遊びに行けないんですよ。うちは母子家庭なので何も遠慮がいらない。
子ども同士でご飯食べるという経験がないから、ママの了承があればお昼ご飯も一緒に食べて、遊んで、それぞれを送っていく。送っていったら親御さんにも会えるし、挨拶をしてちゃんと信用してもらって、「母子家庭だから…」と思わせない。

他にも、休みのたびにおでんやら煮物やら大きな鍋でいっぱい作って、近所のおじいちゃん、おばあちゃんたちに配りまくったんですよ。いざっていうときに、子どもごと、犬ごと、鍋ごと預けるみたいな(笑)。
みんなすごい親切で。おばあちゃんもある程度の年齢になると、お孫さんたちも大きくなり寄りつかない年齢じゃないですか。
だから「元気をもらえる」と言ってくれて、すごく可愛がってもらいました。そのおばあちゃんが老人ホームに入った時は、親族でもないのに息子と面会に行って周りの方に驚かれましたよ。

──周りの方も、分からないから噂や想像でマイナスイメージをつけてしまうけれど、関係を築くと味方になってくれる場合もありますね。きっとこちらからオープンにしていけば、助けてくださる方ってたくさんいるように思います。

太田垣先生 そうだと思います。ただ「助けて」ってなかなか言えないでしょう。「助けて」と言える性格と、言えない性格がありますよね。言えないから駄目だっていうわけじゃなくて、そういう相談をできる環境が整っていれば言いやすいのではないかと思います。「助けて」と言える環境をもっと作ってあげなきゃいけないんだけれども、なかなか難しい現実を感じています。

日本全体で子供を育てて行かないと、国が滅びる

 

──あらためて、先生のお仕事を教えてください。

太田垣先生 事務所としての仕事は基本的には登記が半分、賃貸トラブルが半分ですが、平成14年から続けている賃貸トラブルに関する業務が、特殊なので目立っているように思います。

──シングルマザーに関する賃貸トラブルのお話はありますか。

太田垣先生 シングルマザーで家賃滞納という人はすごく多いです。若い世代も多いし、シングルマザーでお子さんがある程度大きくなった方も滞納されます。

──シングルマザーの貧困が結構な問題になって、家賃滞納につながってしまうんだろうなと思います。滞納が問題になった後、どうなるのですか。

太田垣先生 最終的にはシングルマザーであっても何であっても強制執行で出さざるを得ません。
だから、そうならないよう、一生懸命頑張って次の居場所を探してもらえるよう、説得したりしますね。

──養育費がもらえないとかが理由ですか?

太田垣先生 今、養育費を全額子供が成人するまでもらえるというのは全体の2%ぐらいです。
10代~20代前半ぐらいのお子さんが何人かいるシングルマザーで滞納が始まった方もそうでした。
その方も、養育費をもらえていませんでした。滞納が始まり最初に電話が掛かってきたときは、今にも自殺してしまうのではないかという程、声も暗くて心配でした。
一度お子さんたちに相談したほうが良いですよと説得しましたが、「子どもたちには言えない」と仰る。だけど、「強制執行になったらお子さんたち泣きますよ」と説得しました。

その後、別人のような元気な声で電話が掛かってきて「次の住まいが見つかりました。滞納分も一括で払います」って。
結局、お子さんたちに全部話したら、お子さんたちがみんなでお金を出し合って、次の分と滞納分を一括で払ってくれたとのことでした。

でもそれは、お母さんが今まで一人で一生懸命育ててきたということをお子さんたちが分かっているということだから、それは勲章ですよって。そんなドラマもありました。

現状、母子家庭の貧困世帯の多くは養育費も貰えず酷い状況です。
子どもたちがたくさん生まれて、生まれるだけじゃなくてその子たちがちゃんと育って、働いて税金納めていってくれないと、日本はとんでもないことになると思いませんか。
本来、「子どもたちは日本の国が育てます」ぐらいのサポートが必要なのに、うまくいかない。みんな自分のことだけ、目先のことだけしか考えていないなと思います。

例えば、今、幼稚園が近くにあったら「うるさい」と言ったり、託児所ができれば反対する高齢者もいます。
18歳まで医療費や学費などお金がかからないようにしようという案がでたら「自分の関係ない子どものために何故税金使わなきゃいけないの?」と声が上がりますよね。
だけど、その関係ない子どもたちにあなたたち面倒をみてもらうんだよって。年金もらわないの?と思います。

何か事件があったら、「母子家庭だから」「寂しかったんだろう」と言われてしまうけれど、母子家庭でなくても女性がフルタイムで働いて、子育てをして、家事もしてといったら、もう女性が削るものは睡眠時間と精神しかないですよね。
離婚をしたら「見る目がなかった」「我慢がなかった」「そんな男性を選んだのはあなた」と言われ続けます。もちろん私も言われました。
離婚をしたのは自己責任ですが、それを言ったって何にも解決しないでしょう。ただお母さんを責めるだけ。かわいそうな事件ばっかりが起きて犠牲になるのは子どもたちです。

今、貧困の子どもたち、戸籍のない子どもなど、ようやくクローズアップされてきているけれども、私の周りにも、通常の仕事だけじゃ生活費が足りないというので、風俗業をしている人もいます。

でも決してその人たちを責められない。そうしなきゃ生きていけない。養育費を払わない男性に対してのペナルティーが何一つない中、子育ては女性に丸投げ、世の中そのものがおかしいと思います。

──養育費はそんなに支払われていないものなんですね。公正証書を作っていたとしてもそんな状態なのですか。

太田垣先生 結局、給与を差し押さえられて困るような人は、何もしなくても払ってくれます。

でも公正証書でいくらと決めていて、払わないから強制執行しようと思っても、すぐ仕事を辞めちゃう人や定職がない人など結局、給与の差し押さえもできないし、銀行口座も分からない、連絡がつかないとなると結局、差し押さえられないんですよね。
またDVを受けた女性でなくとも、心理的な問題も加わり、連絡も取りたくない、また関わるのが嫌だと諦めてしまいます。

だから結局、お母さんが泣くしかない。それで、政府が女性に「子どもをもっと生んでくれ」と言ったって、今の女性は賢いし、損をすると分かりますよね。
シングルマザーだけでなく、働くのが当たり前で、主婦業もしなくてはいけなくて、女性だけが大変になっていって、誰が結婚したくなるだろうと思います。
離婚率も上がるし、子どもも減るし、どんどん状態は悪化しているのに、改善のほうに何も動いてない感じがしています。

 

後半へ続く