漫画家シンママの生き方から学ぶ

漫画家でありシングルマザーである女性は少なくありません。漫画家というと決して安定した職業ではない印象があり、経済的不安が想像されますが、そんな彼女たちでもシンママになったのはどんな経緯があったのでしょうか?

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漫画家でありシングルマザーである女性は少なくありません。漫画家というと決して安定した職業ではない印象があり、経済的不安が想像されますが、そんな彼女たちでもシンママになったのはどんな経緯があったのでしょうか?

 

漫画家のシンママの中でも、今回は浜田ブリトニーさんと、ヤマザキマリさんを取り上げ、シンママとなった背景についてみていきたいと思います。

 

■浜田ブリトニーさん

 

ホームレスギャル漫画家として一躍有名になった浜田ブリトニーさんは、未婚で高齢出産をしたシンママです。その選択に至るまでにはいろいろなドラマがあります。

 

そもそもこどもが欲しいと思ったきっかけは、自分自身の病気でした。ブリトニーさんは子宮の病気になったことで子どもが欲しいと思うようになり、無事手術を終え、すぐに子どもを授かることができました。

 

そして、彼と別れて未婚のママになるという決心をしたのもまた、彼の障害がきっかけです。

 

彼の障害の特性は二極性。白か黒かという特性があり、些細なことも彼にとっては大悲劇。自分の存在も否定してしまうほどです。そんな彼との生活を続ける中で、このままでは自分たちの命にかかわると判断し、ブリトニーさんは意を決して彼との別れを選択したのです。

 

たとえ病気や障害とわかっていても、仕方ないで済ませることが出来ない時がありますし、それを受け入れることができない自分を責める必要もありません。

 

母として、自分やパートナー、そして生まれてくる子どもの命を優先し、未婚での出産という決断をしたブリトニーさんですが、生まれたてホヤホヤのわが子と映る写真はとても幸せそうに見えました。

 

■ヤマザキマリさん

 

「テルマエ・ロマエ」の作者、ヤマザキマリさんもシングルマザーのひとりです。ヤマザキマリさんのお母さまも実はシングルマザーですが、マリさんは幼少期から人とは一味違う人生を歩んでいます。

 

マリさんのお母さまはシングルマザーでありながら、見ず知らずの地、北海道での生活を始めます。職業はヴィオラ奏者。オーケストラの活動が忙しく、ほとんど家にいなかったようです。しかし、時には子どものように、子ども以上に遊ぶお母さま。「“みんなとおんなじでなければいけない”という考えはおかしい」という性格のお母さまと、北海道の大自然に囲まれ、自由奔放に成長されてきたマリさん。

 

その後、若干14歳で単独ヨーロッパへ、17歳の時にはイタリアに行き、そこで知り合った詩人の男性と11年間の同棲を経て、ある日彼の子を妊娠。妊娠をきっかけにひもであったその男性と別れることを決意し、未婚のシンママになったのです。

 

11年という月日は決して短くはありませんし、また、飢え死にするかもしれないほどの困窮状態ではあったものの、魅力的な芸術家や、なんでも語り合えるパートナーとの生活は居心地がよかったことでしょう。しかし、マリさんもまた、子どもとの生活を考え、彼との別れを決めました。

 

☆まとめ☆

 

未婚でママになるという選択の裏には様々な背景があります。そこには、子どもの将来を考えたママの必死の覚悟があります。また、子どものことはもちろんですが、ママ自身のこと、パートナーのことも考えて、きちんと問題と向き合ったうえで出した選択です。その選択に間違いなどありません。

 

漫画家のシンママから学べることは、どんな選択をしても、どんな状況でも、ママは強くたくましく生きていけるし、そんなママのもとで子どももすくすくと生きていくことができるということ。

 

辛く大変な時も、いつかそのことがパワーの源になったり、笑いのタネになったりするときが来るはずです。

 

どうかシンママのみなさんには、辛いことも、大変なこともママには乗り越える力があるんだということを思い出し、子どもと一緒にたくさん笑って過ごしてほしいと思います。

 

 

(文/ぶー 画像/123RF)

 

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