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片手・片足を失ったシングルマザーが車椅子ダンサーに

こちらの記事で、事故で片手・片足を失ったシングルマザーのインタビューが紹介されています。今回は、彼女が車椅子ダンサーになるまでの壮絶なストーリーについて紐解いていきましょう。

■突然の事故…片腕がないことに気付いたシングルマザー

松田よしえ(53歳、芸名=キャロットよしえ)さんは、中学生の一人娘を育てるシングルマザー。ある日、トラックを運転しているときに対向車線を走っていたトラックと正面衝突するという事故を起こしました。二台のトラックは大破。壮絶な事故の形跡といえるでしょう。

よしえさんは、意識すらありましたが、右腕が動かないことに気が付きました。このとき、不思議なことに痛みはほとんどなかったといいますが、なんとこの時点で右腕を失っていたのです。

救急車で搬送されながらよしえさんが思ったのは、自宅で留守番をしていた中学2年生の娘のこと。このとき、よしえさんは医師にこう訴えたといいます。

「病院に着いたときは、とにかく娘のことが心配で。それで医師の先生に『私、シングルマザーなんです! どうか命だけは助けて下さい!』ってずっと叫んでました。あまりにもうるさかったんでしょうね。先生も最後には『分かったから!』と強い口調で言われたのを覚えてます」

■右腕だけではなく右足も失うことに

医学の力で一命はとりとめましたが、右腕は失ったまま。このとき右足は残っていましたが、骨がこなごなに粉砕されていて動かすことはできませんでした。絶望の事故から4カ月間、よしえさんは寝たきりの入院生活をしていました。

そんな右足も、医師から「切断したほうがいい。その方が早く社会復帰ができる」と言われていましたが、なかなか踏ん切りが付かず途方に暮れていたとき。娘からある言葉をもらいました。

「切っちゃいなよ」

中学2年生の娘が、医師とよしえさんの目の前でそう言ったのです。しかし、よしえさんには気がかりがありました。

「足がなくなったら、あなたが私の介助をしないといけなくなるのよ」

「そんなの分かってるよ。それでも早く社会復帰できた方がいいでしょ」

よしえさんの気がかりをよそに、娘は毅然と言い放ったといいます。このときよしえさんは「なんて強い子なんだろうと思った」と語っています。娘の言葉に背中を押され、よしえさんは右足切断の手術を受けることに。

手術当日、娘は手術室に入る直前まで泣いていたといいますが、最後は「頑張ってね!」と母親の背中を押してくれたそうです。しかし、本当に壮絶だったのは手術後。麻酔が切れかかると、

「吐き気もあって、だんだん痛みが出てきたんです。それで先生に『大きな声を出していいですか?』と聞いたら『いいですよ』と。それで、『痛ーい!』と叫びました。その後は点滴を打たれて意識がなくなりました」

と、本人も想像を絶する痛みを経験したようです。

少ししてリハビリに入りますが、自力で起き上がれるようになったのは3カ月後。その後、傷口に感染症がおきたりとつらい出来事がよしえさんを襲いますが、娘のことを考えると頑張れたといいます。

実に入院生活は2年半も続き、その間手術を20回以上受けたといいます。想像しただけでもつらいですよね。しかし、よしえさんはその試練に耐え抜き、退院後は料理や車の運転にも挑戦したようです。

■こんな不思議な体験も…

よしえさんのインタビューを抜粋してご紹介します。

「検診で病院の待合室に座っていると、会ったこともない女性から『一緒にお茶してもらえませんか?』と言われたんです。最初は年配の方でした。それで事故のことや娘のことを、聞かれるままに答えました。すると、最後に涙を流しながら『勇気をもらいました』と言ってくれるんです。そんなことが2度ありました」

自分自身の話をして「勇気をもらった」と言われた……このことから、よしえさんの心情は変化していきます。 

「正直、人前に出ることがつらい時期もありました。それでも、この世界に神様がいるのだとしたら『私に試練を与えたのかな』と考えるようになった。神様から『あなたは生きなさい』という使命をもらったんだから、自分のやりたいことは全部やろうと決めました」

よしえさんは強いですよね。筆者自身はそう思える自信はありません。とても強い決断だったと思います。

■いよいよ車椅子ダンサーへ!

入院中、高校時代に新体操をしていたよしえさんのもとに、看護助手から提案がありました。それこそが車椅子ダンス。調べてみると、脳性まひなどで体が不自由な人たちも参加している競技でした。よしえさんは退院後、さっそくダンス教室に見学にいきました。そこでは、さまざまな障害を持つ人たちが、笑顔で踊っていたといいます。

「楽しそうなその様子を見て、すぐに入会を決めました。それで、自宅の近くでも練習がしたくで、近所のジャズダンススタジオに『義手と義足なんですけど、ダンスをやりたいんですが……』と電話をかけてみたんです。電話に出たスタジオの先生も驚いていましたが、『障がい者の方は教えたことがないのですが、私も勉強させていただきます』と快く引き受けてくれました」

運命的な出会いですよね。このようないきさつから、義手と義足のダンサー「キャロットよしえ」が生まれたのです。

ダンスをするための体力を作るため、よしえさんは陸上競技も始めました。義足の陸上クラブ「スタートラインtokyo」にも加入。100メートル走り切ることを目標に、今も練習に励んでいるそうです。

もちろん、ダンスの腕前も確実に上達。手を使わないで側転ができるようになりました。よしえさんはこう語ります。

「ダンスをして、人に見られることが楽しくなったんです。『こんな私でも踊っていいんだ』って、今は義手も義足もふだんから見せて歩くようになりました。次はヒップホップダンスに挑戦したいんです」

義手・義足であることを卑屈にとらえず、前向きになんにでも挑戦する。さらに53歳というお年頃。ありきたりな表現かもしれませんが、まさに筆者はよしえさんから勇気をもらいました。

シングルマザーのみなさんはいかがですか? 子どもの一言って、とても影響力がありますよね。

(文/松岡ルンルン 画像/123RF)

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